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  • アジア  >  日本  >  島根県  >  大田市

    石見銀山(いわみぎんざん)は、島根県大田市にある、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)です。上述の最盛期に日本は世界の銀の約3分の1を産出したとも推定されるが、当銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めていたとのことです。大森銀山(おおもりぎんざん)とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山(さまぎんざん)と呼ばれました。明治期以降は銅などの鉱物が主に採鉱されました。
    大航海時代の16世紀、世界で流通した銀のおよそ3分の1が日本の銀であり、さらにそのほとんどが石見銀山で産出されたものであったと言われます。
    その影響力の大きさを示すのが、当時ヨーロッパで作成された世界地図(左図)です。日本の中でも「石見銀山」は非常に大きく扱われており、その存在の大きさを表しています。
    石見銀山の特徴は、自然を破壊せず、環境に配慮した「自然環境と共存した産業遺跡」であることです。そしてこれが、世界遺産として評価された重要なポイントです。

  • アジア  >  日本  >  静岡県

    2013年6月、富士山は世界遺産に登録されました。当初、富士山は「自然遺産」への登録を目指しており、「文化遺産」登録までには約20年の歳月がかかったことになります。そしてようやく世界遺産登録に関わってきた機関や人々のすべての努力が報われました。
    ところで富士山が「自然遺産」への登録ができなかった理由は、し尿やゴミ投棄などの環境保全の問題でした。当時の富士山といえば、し尿は垂れ流し、裾野にはゴミが放置されていたからです。今では山小屋のトイレが整備され、登山者自身のモラルも高まりました。裾野へのゴミの廃棄も見られません。どこから見ても美しい富士山になっています。
    登山者の増加に伴いオーバーキャパシティーの問題も指摘されるようになりました。2014年度から山梨県と静岡県は富士山環境保全金を徴収し、富士山の環境保護や登山道の整備などに使われています。美しい富士山を後世に伝えるために、私たちも自分たちができる範囲での協力をしていきたいものです。
    富士山にまつわるオススメスポットの特集はこちら
    https://ja.akaridiscovery.com/special/6.html

  • アジア  >  日本  >  静岡県  >  伊豆の国市

    明治日本の産業革命遺産岩手県から鹿児島県に点在しています。2015年に以下の理由から文化遺産に登録されました。
    ・ 主に九州、山口を中心に進められた日本の近代化は、西洋先進諸国からの積極的な技術導入によって進められ、それらの国と日本における文明の交流を示す顕著な事例であること
    ・ 鎖国状態にあった日本において、非西洋地域で初めて、約50年間という短期間で飛躍的な経済的発展を成し遂げた産業遺産群は、その歴史上の重要な段階を物語る建築物をまとまった集合体として捉えることができる顕著な事例であること
    産業遺産としては石見銀山遺跡とその文化的景観、富岡製糸場と絹遺産群につづく3番目の登録、重工業分野における産業遺産としてはわが国初の登録です。

  • アジア  >  日本  >  岩手県  >  西磐井郡

    平泉は、11世紀~12世紀の日本列島北部領域において、仏教に基づく理想世界の実現を目指して造営された政治・行政上の拠点です。
     その拠点に存在する4つの庭園は、奥州藤原氏により、現世における仏国土(浄土)の象徴的な表現、つまり池泉・樹林・金鶏山頂と関連して仏堂を周到に配置することにより実体化した理想郷の光景として造営されました。4つの庭園のうち3つは、神聖な山である「金鶏山」に焦点を合わせており、浄土思想の理想と、庭園・水・周辺景観の結びつきに関する日本古来の概念との融合を例証しています。また、浄土庭園のうち2つは、発掘調査により発見された多くの詳細事項に基づき復元されたものであり、他の2つは現在も地下に埋蔵されたまま残されています。さらに、重厚に金箔を貼った中尊寺の仏堂は、12世紀から残る唯一のものであり、奥州藤原氏の巨大な富を反映しています。
     このかつての巨大な政治・行政上の拠点に存在し、浄土庭園、12世紀から残存する顕著な仏堂、神聖なる金鶏山との関係を伴う4つの寺院仏堂の複合体は、平泉の財力を反映する類い希なる集合であり、日本の他の都市の仏堂や庭園にも影響を与えた計画・庭園の意匠設計に関する概念を表しています。

    ■中尊寺(ちゅうそんじ)
    https://ja.akaridiscovery.com/spot/5088770.html
     奥州藤原氏の初代清衡が12世紀始めから四半世紀をかけて造営した寺院です。境内には、金色堂、金色堂覆堂、経蔵等の国宝及び重要文化財があり、鎮護国家大伽藍一区跡等、境内の全域が特別史跡に指定されています。金色堂は、境内北西側に位置する阿弥陀堂建築の霊廟で、藤原氏4代の遺体及び首級が安置されており、平泉の政治・行政のみならず、精神的な拠り所にもなっています。

    ■毛越寺(もうつうじ)
    https://ja.akaridiscovery.com/spot/5088776.html
     2代基衡が12世紀中頃に造営した寺院の跡です。境内には、特別史跡及び特別名勝に指定されている浄土庭園と、それらの構成要素である常行堂が含まれています。また、常行堂で行われる常行三味の修法と「延年」の舞は、12世紀における浄土思想の一端を示すものとして重要です。

    ■観自在王院跡(かんじざいおういんあと)
     毛越寺の東に接して基衡の妻が建立した寺院の跡です。発掘調査の結果、園池を中心として、北側には大小の阿弥陀堂が設けられており、阿弥陀如来の極楽浄土の表現を意図して浄土庭園が造られていたことが明らかとなっています。

    ■無量光院跡(むりょうこういんあと)
     3代秀衡が12世紀後半に建立した寺院の跡です。西方に金鶏山が控え、園池に浮かぶ大小3つの島に翼廊付の仏堂と拝所・舞台をそれぞれ設けた空間構成は、浄土庭園の最も発展した形態と考えられています。

    ■金鶏山(きんけいさん)
     標高98.6mの山で、山頂に経塚が設けられていました。浄土思想に基づいて完成された政治・行政上の拠点としての、平泉の空間設計の基準となった信仰の山であると考えられます。

  • アジア  >  日本  >  群馬県

    富岡製糸場は1872年、明治5年に当時の明治政府が日本の近代化のために設置した日本初の模範機械製糸場です。それまで手工業であった製糸は、急激な輸出量の増加により、品質がさがってしまったため、政府は品質向上のため機械化を進めました。富岡が選ばれた理由は、富岡付近は養蚕が盛んで生糸の原料の繭が確保できたことや、広大な土地があり工場建設が可能であったこと、また水や燃料の確保が容易であったことが理由に挙げられます。こちらでは高品質の製糸が創られ、海外でも好評でした。現在はほぼ創業当初の状態で良好に保たれ公開されています。

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